| ルール |
| 別段珍しいことでもないが、今日も仕事がない。 銀時は昼ごろ布団から起き出し、そのまま窓から外をぼんやりと眺めていた。 道行く奴は皆、なにかしら目的を持ってせかせか歩いている。 そういう奴が羨ましく思える日がないでもないが、今日のところはまだ余裕があった。 なにせ大企業の社長の浮気をもみ消し、1センチはある札束を報酬として得た直後だったからだ。 さらに今日は家に居ながらにして面白いものが目に飛び込んできた。真選組がチンピラどもを 取り押さえたらしく5、6人の黒い制服を野次馬が取り囲んでいたのだ。 「おう、こりゃあ労せずして特等席からのご観覧ってね」 すでに捕り物は一段落し、パトカーにチンピラを押しこんでいるところだ。 そして、そんなささいな事件であるにも関わらず、真選組のいわゆる「お偉いさん」が その場を取り仕切っていた。銀時をして「特等席」と言わしめた原因はそこにある。 土方十四郎、真選組副長であり、銀時とはまあ、付き合っていると言ってもいい関係であった。 ただし、仕事仕事が口癖で、もう1ヵ月近く会ってない、なかなかツレナイ恋人ではあったが。 「まったく...あんな事件にまで首突っ込んでるから、忙しくなんだろうが」 ただ真選組に絡んできたチンピラなのか攘夷志士なのかは知らないが、どう見ても小者。 副長さんが出る場面とも思えない。 しかし、そこには土方が出なくてはならない理由もあるのだ。 捕り物の際、通り添いの店舗に何やら損害が出たのか、土方は店主に頭を下げていた。 そのきっちりとした詫びに、店主も近くの野次馬も意外そうな顔をしている。 そう、「鬼の副長」の通り名ばかりが独り歩きし、あまり知られてはいないが、彼は上にも下にも問題児を抱え、 フォローがすっかり板についてしまった、わりと気い遣いな男なのだ。真選組は荒くれ者たちの集まり。 土方以外に丁寧な詫びや補償交渉ができる人材など限られていた。 土方が店の中に入ると、もう面白い展開もないとみたのか、野次馬たちが解散し始めた。 銀時も窓際を離れ冷蔵庫からイチゴ牛乳を取り出し軽くいっきにそれを飲み干す。 「栄養充填〜」 そして肩をコキコキ回して身体をほぐすと、準備万端とばかりに万事屋の玄関を出た。 補償交渉を済ませた土方は、店の暖簾を内側から捲りながら、それすらに重さを感じる自分にうんざりした。 無論、暖簾が重いわけはなく、腕を上げるのすらおっくうになっているということだ。 ここ1ヵ月ばかり、ゆっくり寝た覚えがない。最後に布団に寝たのはいつだったろうか。 気を失うように畳に倒れこんで眠ってしまった自分に山崎が掛けていく布団が、最近の土方の夜具だった。 そして翌朝、着替えもせずに眠ってしまったことに舌うちしながら、風呂場で目覚まし代わりにシャワーを浴びる。 その間も頭の中では昨日やり残した書類仕事の段取りを組んでいるという按配だ。巡察にもろくに出られない。 もちろん、恋人に会うなどという時間があろうはずもなかった。 今日の事件が万事屋の近所であることには気づいていた。だが、公私混同を何より嫌う土方だ。 仕事中に寄ってみる、などという選択肢はなかった。それは自分のルール。 しかし、店主にたっぷり苦情を言われ、精神的にも疲労困憊したようで、土方の脳はほんの少し本音を 漏らしてしまったようだ。 「...会いてぇ」 「誰に?」 口をついて出てしまった言葉にハッとする間もなく、暖簾の向こうから返事が聞こえた。 店の中から飛び出ると、強い日差しが寝不足の目を焼いた。その眩しさを一段と強く感じたのは、 対面した男が銀色の髪をしていたからだ。 目の下にクマを作ってもなお、きれいな顔立ちが、瞬間驚きを見せ、そしてもっと短い時間だったが、 泣きそうな表情を浮かべた。 ただ、それも一瞬のこと。 「てめぇも野次馬か。昼日中にノンキなもんだな」 いつもの仏頂面に戻ると、一ヵ月振りに会った恋人の横を素通りしようとする。銀時はそのツレナイ男の腕を掴むと、 有無を言わさず自宅へと引きずり始めた。 「おい!何しやがる、銀時!」 「まあまあ、お疲れっしょ。せっかく近くまできたんじゃねえか。寄ってきなって」 「何言ってんだ、疲れてねえ!離せ...っこの、クソ天パ!」 土方の抵抗むなしく、ずるずると引きずられていく。通行人が何かと振り返るのがやたらと恥ずかしい。 しかし、踏ん張りがきかないのだ。 「仕事中に寄るわけにゃいかねえ」 「分かってる」 「じゃあ、離せ!」 「離しませ〜ん」 腕一本を取られているだけなのに、振り払うことができない。もともと銀時のことを怪力だと思うことはあったが、 こんなにやすやすと引きずられるなど、土方の想定外の事態だ。その焦りを煽るように銀時が尋ねた。 「なんで抵抗できねえの?」 「っ...、お前が馬鹿力なんだろうが!」 「そうかな?」 現場の店舗から数メートル。すでに「万事屋銀ちゃん」の店舗兼住宅の外階段にたどり着いていた。 「お前さ、そんだけフラフラなわけよ」 それとな、と言いつつ銀時は振り返り、土方と対峙した。 「心ん中じゃ、休みたいって叫んでるからさ」 驚いて、そして泣きそうになる。 先ほども見せたその表情が、今度はゆっくりと土方の顔をよぎる。 その土方の手を取って、銀時は自宅の階段を昇った。 「公私混同はしない。それが俺のルールだ」 体はおとなしく付いてくるのに、まだ意地が顔を出す。 「だからだよ。お前がそれを守れるように、俺は無理矢理引っ張り込むんだ」 「意味分かんねぇよ!」 「さっき近藤に電話した」 「なに...?」 「お前が疲れてひでぇ顔で俺んちの前をふらふら歩いてるって。そしたらよ、 俺んちで休ませてやってくれときたもんだ。えらく焦ってたぜ、全く...一緒に住んでて今まで 気付かなかったってえのか?いくらゴリラだからってな...」 「近藤さんはゴリラじゃねぇ」 「今、そこ突っ込むとこじゃないからね。つまり、上司の命令は絶対だろ?」 「何言って...」 「俺のルールも聞かせてやるよ」 玄関の引き戸を開け、銀時が手で入るよう促す。 「土方くんは、とことん甘やかす。それが俺のルール(笑)」 「はあっ?」 土方は今度は驚いた表情のまま、耳まで赤くなった。 「さあ、お前のルールに従えよ」 「...っ、し、仕事が残って...」 「意地張って上司の命令に背くのか?それって公私混同じゃねえの?」 銀時がぽんと背中を軽く押すと、そのまま土方の足はふらふらと家の中へと吸い込まれ、引き戸が静かに閉じられた。 5分後、座って休むだけだ、と頑として布団に横たわることを拒否した土方は、あえなくソファに撃沈していた。 その身体に毛布を掛けてやりながら銀時は一ヵ月振りの恋人の寝顔をまじまじと眺める。 「目の下黒いし、頬も少しこけてんじゃねえか。本当はさ、あちこち触りたくて、堪らねえんだよ?土方ぁ」 一ヵ月振り。本当はもう限界。土方不足でどうにかなりそうだ。 「それでも、甘やかすのが銀さんのルールなんだ〜」 実のところ、ルールにしておかなければ、疲れていようとなんだろうと無理矢理抱いてしまいかねない。 そうなったら、この意地っ張りが唯一甘えられる"特別な"場所がなくなってしまう。 ルールなど破るためにある、という銀時がそれを己に課しているのは、土方の特別でありたいという、 決して褒められたものではない動機があるからだった。褒められはしない、しかしそれがなんだろう。 正直自分がこのような感情を持つなんて、思いもよらなかった。誰もを受け入れるようで、実は誰も 受け入れることができなくなっていた銀時が唯一、しがみつきたい相手が土方なのだ。 まずはゆっくり寝かせてやって、メシ時になったら何か精の付くものを食わせてやろう。 温かい懐具合に後押しされ、銀時は夕食の献立をあれこれと思案し始めた。 愛しい意地っ張りが自分の傍らでうっかりと眠り込んでくれた、その幸福感を噛みしめながら。 エロシーンがなくても、銀さんが土方さんを甘やかす様に萌えてしまう私はヘンでしょうか...。あと、地味に尽くしてる山崎とか(副長のこと見張ってる?) 小説トップへ戻る |