| お説教(土方視点)1 |
|
久々の非番を前に万事屋を訪れた俺は、引き戸を開けた銀時の不機嫌そうな顔に驚いた。 「なんだよ、おめえ、その顔」 「あ?なんだもなにも、これが俺の顔だよ、悪かったな」 「そうじゃなくて…人がせっかく来てやったってのに、そのイヤそうな顔はなんだって言ってんだよ」 「来てやった…ね、まあいいや、上がれば?」 言うなり、背を向けて居間へ歩き出す銀時。 常日頃から戸を開けるなり抱きついてくる歓迎振りにはいささか閉口していたが、こうもそっけないとなんだか不安になる。何か自分はやらかしただろうか? 居間のソファに腰かけると、銀時が薄い茶を入れてきた。従業員のメガネはもう帰宅している時間だが、今日はチャイナ娘の姿も見当たらない。俺が泊りがけで訪れる際はいつものこととはいえ、今日に限って言えばその静けさがいっそう不安を煽った。 「あ…、万事屋?」 「お仕事お疲れ様ぁ いやあ、天人相手に大変でしたねぇ」 「見てたのか?」 昨日から確かに天人のお偉いさんの護衛に忙殺されていた。それも重要な会議ならともかく、江戸観光、さらにナイトツアー付きだ。酔っ払ったお偉いさんたちは男と女の区別もつかなくなったらしく、俺まで触りまくられてエライ目にあった。 途中、外でちょっとした騒ぎが起き、それを片づけて帰るとなぜか皆眠りこけていて、ようやく昨夜はお開きになったってわけだ。 今日の昼に見送ってやっと通常業務に戻れたのだが、1日半のロスは大きく、もっと早く来るはずがあと2時間で日付も変わろうというこの時刻になってしまった。まさかそれで機嫌を悪くするような奴ではないはずだが…。 「土方くんさ、いつもああなの?」 「なにがだよ」 「お偉いさん相手にぼーっと隙だらけでさ」 「はあっ?何言ってやがる。あんなんでも幕府にとっちゃ重要人物だぞ。どっから狙われるか分かんねえから、気い抜いてる暇なんかなかったわ!」 “目立ちたくないから”と、ごく少人数での護衛を要求されたため、周囲を3人程度で見張り、傍に付くのは俺一人というシフトを組んだ。まあ、こんな任務に多くを割きたくもなかったからそれはそれで良かったのだが、大人数で狙われた場合の策を常に考えながらの護衛はそれなりに気を張るものだったのだ。 しかし俺のそんな説明を聞いてもなお万事屋の機嫌はなおらず、ハーッと大げさな溜息をついた。 「おそばで護衛する役目って土方くんご指名じゃなかった?」 「え?なんで知ってんだ?」 「んで、夜のお店では相当ベタベタ触られたでしょ」 「えええ?」 一瞬万事屋がそこに居合わせたのかとも思ったが、昨夜の店は奴が飲みに来るのはもちろんのこと、バイトで万事屋を雇うようなところでもない。つまり座るだけでン万取られる高級クラブというヤツだったのだ。 「…見てたのか?」 「見てねえよ」 「じゃあ、なんで…」 「なぜ分かったか分からない?」 「ああ」 「昼間、お前らを見かけたからだよ」 「はあ?」 さらに謎は深まった。夜はへべれけになって女と間違われたが、昼間はそんなことはなかった。まあ、多少スキンシップが過剰な奴だとは思ったが、天人なのでそういう習慣なのかもしれねえし。 それを素直に口にすると、またしても万事屋が溜息をつきやがる。加えて「バカか、バカなのか?こいつは…」などとブツブツ言いだしたものだから、俺もいい加減頭にきた。 「おい!言いたいことがあるならハッキリ言えや!なんだ、さっきからグチグチグチグチ…」 「お前、昼間っからガンガンセクハラされてただろうがああああっ」 どんっとテーブルを叩いた万事屋の拳の横で、湯呑みがぐらりと揺れた。もう少しで茶が零れるとこだったぜ…って、ええええええ!? 「ひ、昼間っから…?いや、そりゃ見間違いだ」 「じゃあ、なんで夜、ああ土方くん触られてんだろーなーなんて予感が的中すんのかね?そんで外で騒ぎ起こしてその間にあいつら眠らせるなんてことを俺がしなきゃいかんの?」 「え、まさか昨夜の騒ぎは…」 万事屋の顔の広さは侮れない。確かに飲みに行くことはできないが、以前世話したことのある女性がその店で働いており、様子を聞くことができたという。店側もあまりの下世話な騒ぎっぷりにいささか閉口していたらしく、酒にちょいと細工をしてくれたらしい。このあたり店も客を選ぶという高級店のプライドの高さが逆に幸いしたということだ。もっとも、天人たちは体質のせいかほとんどアルコールを飲まずに盛り上がっていて店の売上も望めない客だった、ということもあるかもしれないが。 「お前さあ、自分で自分の身ぐらい守んなきゃ」 「…守れてる」 「俺の言ってんのはそういうことじゃないって、分かってるよね?」 万事屋の言葉に険が加わった。畜生、俺だって自分の不甲斐なさを反省してるとこなんだから、少し黙っててくれねえかな。だが、普通考えねえだろ?護衛についた警察官がなんで自分のセクハラの心配しなきゃいけねえんだよ。だいたい、男が少し触られたぐらいでなんだってんだ。まあ、男だから逆にダメージでかいっていうか?そんなこともあるだろうが、別に力ずくで襲われるわけじゃなし、そんなにビクビクしてなきゃいけねえのかよ 「土方君、心の声口に出てるから」 「え?」 「力ずくで襲われるわけじゃない…ねえ」 「お、おう…それこそ自分の身は自分で守れるってんだ」 「店で仕込んだ薬さあ、普通そんなもん用意してると思う?」 「はあ?」 「お偉いさんが持ってた薬、店の女の子がこっそり抜き取ってくれたんだよねー」 「・・・・・・」 これには流石に声が出なかった。対面で座っていた万事屋が立ち上がり、俺の横に腰を下ろした。そして背中を抱いてくる。そこで初めて自分が震えているのに気がついた。 「俺の言いたいこと、分かった?」 「…あ、いや、でも店の女に悪さするつもりだったのかも…」 「ひーじかーたくーん」 万事屋の声がどんどん凄味を増していくのが分かったが、どうしても認めたくないものは認めたくない。 「ひょっとしたら自分の不眠用かもしれ…」 「土方あ?」 分かってんだよ、うるせぇな!ああ、そうさ、思い返してみりゃあ店の女に心配されるぐらい触られてたのは俺だったよ!だが、真選組の副長が男にセクハラ受けるなんてこたあ、断じて認めるわけにはいかねえだろうが! 下を向いて黙ってしまった俺の横顔に万事屋の視線が突き刺さる。 「反省してんのか?」 「…知るか、ボケ うおあっ」 言った途端、俺の腰に万事屋の手が回り、まるで抱えるようにして引きずり出した。 「ちょっ…おい!何しやがるっ」 万事屋は俺の問いに返事もせず、奥の和室へ続く襖を開けた。相変わらずの馬鹿力で腰を決められ、片手だってのにビクともしねえ。 そしてそこに敷かれた万年床に、文字通り放り投げられた。 「いっ…てえ、え、おい!」 奴は無言のまま、背中へ覆いかぶさってくる。 そして目にも留まらぬ早さで俺の着流しの帯を解くと、それでそのまま両手を後ろ手に縛り上げた。 「何すんだっ」 くるりと身体を仰向けにされ、奴と目が合った。いつもは死んだ魚のような紅い目が、きらめいているわけではなく、鈍く光っている。 これは相当怒っている顔だ。 「だって土方くんさあ、こうされたかったんでしょ?」 言うなり万事屋は自分の帯をほどくと、背を向けて俺の太股の上に座った。これでは下半身の自由が利かない。奴は俺の両足をひとまとめにすると縛りにかかった。全身の自由を奪われる恐怖心から腹に力を入れて起き上がると背に頭突きをかます。しかし、悔しいことに奴の逞しい背中にはあまり効果がなく、俺は程なく芋虫のように転がされることになった。 「うちにはそういう薬がないからさ、でも自由を奪われてムリヤリってんだったらこれでもいいよね」 そしてご丁寧にも手ぬぐいを出して目まで塞ぎやがった。 手足の自由も視界も奪われ、そしてすっかりはだけてしまった着流しの上で横たわる。 「よろ…ずや、なんで…」 異様な状況に情けなくも声を震わせた俺に、万事屋は信じられない言葉をかけた。 「あ、俺ちょっとコンビニ行ってくるからさ、一人で大人しく反省してて」 そうして和室の襖を閉め、さらに玄関の引き戸を開け閉めする音がして、俺は一人取り残されたのだ。 |
| NEXT |
| 小説トップへ戻る |